2歳代 丸が閉じてきます

2歳0か月

2歳頃になると丸を描くようになり、円も閉じてきます。

Kちゃんはあまり発話がなかったのですが

2歳になって急におしゃべりが上手になってきました。

 

A(お兄ちゃん)おしっこ でた。(スミマセンこんな例文で)

のような三語文を話します。

 

まだ自分の絵を何かに見立てるということはないようです。

 

ハサミを使えるようになってきますので、自分で描いた絵を

チョキチョキして楽しんだりします。でも、うまく切れないことも

しばしばなのでそんな時は結局手でビリーっと破ってます。

二つの「かいて かいて」

子供の描いて描いてには二つあります。

 

一つ目は、一緒に描こう です。

この場合は、純粋に一緒にお絵かきを楽しみましょう。

但し、注意しなければいけないことは、間違っても

まだ形の描けない子どもに、お人形さんやお花、車などを

描いてあげてはいけないということです。子供の絵の発達に見合った絵を一緒に描いて楽しみましょう。

 

二つ目は、お母さんが描いて です。

これはこのように育ててしまったことが原因です。描いて描いてとせがむようになってしまったらすぐに改善するべきです。

子供は大人が描いてやらない限り、子供の方から描いてとせがむことは決してないそうです。

 

子供に絵を描いてあげるとたいてい子供は喜んでくれるのではないでしょうか?しかしながら、これが子供が自力で自分の思いを表現する自由を奪っているとしたらどう感じますか?

 

自分で獲得したものではない借り物の(大人の)表現を教え込まれると、絵には子供の『自分』がなくなります。自分というものを表現する楽しさに夢中になることも出来なくなります。

 

しまいには、

 

「お母さんみたいに描けない。」

 

という結果になってしまいます。

 

描けなくて当たり前なのですが、子供は大人の絵を見せられると

ありのままの自分の絵ではなく、大人の絵の方が上手なんだ、そういう風に描かなければいけないんだ。もっと上手に、きれいに描かないといけないんだという誤った認識をしてしまいます。

 

ぬりえや絵描き歌なども注意が必要です。

 

子供が絵を描くことの意味

子供が絵を描くことを単なるお遊び、趣味、暇つぶしだと思っていてはいけません。ヒトが人間になる過程で非常に重要な意味があります。

 

●幼児の大事な表現様式

自分の知りえたことや感情、考えたことなどを記録したり伝えたり、またそれらを自分自身にフィードバックする大事な意味を持っています。

●学習の一つの形です

将来の労働や学習に対する態度を育てます。

●自分の存在を確認します

ありのままの自分、等身大の自分の表現、今の自分の力、外界の認識力などを含め、自分というものを確認します。

2歳3か月

余計な口出しやコメントをしない

大人には悪気はなかったとしても

 

ほら、これお目目がないよ。

お耳はどこかな?

お目目は黒だね。

ほら、ここ青で塗ろうか。

ワニだから緑だね。

お洋服はどうする?

手は?鼻は?口は?

髪はどんなだっけ?

指は5本だよね。

 

などなど

 

無駄なだけならいいのですが子供の発達を阻害しています。

そして子供の表現意欲をなくします。

 

子供の絵は大人の絵とは違いますし、また大人の絵のように描けることとその子供の才能や将来性とはなんら関係がありません。

 

大事なことはその時々の絵の発達過程を自分の力で踏んでいっているかどうかということです。子供の絵の発達過程は人間である以上どの子どもも同じです。優劣はありません。ですから、比較すること自体も無意味ですし、大人から見た上手に綺麗に描くことなどを望んだり、強要するのは害の他なにものでもありません。

 

例えば、2~3歳の子供がよくありがちなステレオタイプのお人形さんを上手に描いていたとします。周りの大人はそれを見て、まだ小さいのにこんなに絵が上手に描けてすごいね。というコメントをしがちですね。しかし、この時点でこの子供は二重苦を背負っています。一つ目は、本当の自分、自分の絵、自分の表現は無視され、全く認められていないこと。そして二つ目は、上手に描く、きれいに描ける自分は凄い。私は出来るんだ。という誤った認識をしてしまうことです。これは、非常に危険です。このようにして、本来の自分というものを見失っていきます。そしてその穴を埋めるかのように、何につけても結果を求めるようになります。この状態で大きくなったとしても、たとえ素晴らしい結果を残せたとしても、自分自身を本当に信じる力や等身大の自分を好きになることは到底不可能です。これでは自分の人生を楽しみ、幸せを感じることはできないでしょう。

 

また、何でもそつなくこなせるけれど裏を返せば何一つ大成しない。器用貧乏。これも実は結果や出来るを求められて育った場合によく見られます。結局、出来るが満足感や達成感、充実感が伴わず空回りの状態にあるといえるでしょう。これも、本来のあるべき自分が喪失しているためそれを埋めようと頑張るのですが、根本治療をしない限り症状は出続けます。

 

幼児・児童期は大事な大事な人間になる土台を作っているときです。またその人の土台を他の人が変わりに作るということは出来ません。やってあげたとしてもそれは他人の物(大人の物)であり、結局は将来、自分の人生に納得がいかず、0からスタートしなければいけなくなるか、その中途半端な人生に甘んじて生涯を閉じるしかなくなるのです。自分が中途半端なことに気が付かない人もいるでしょう。

 

ですから、

子供がお絵かきをしているときには大人は

 

シーッ!チャック(口を開かない)

 

です。

 

 

そして子供が自由に思う存分描いた後に、

その絵のお話を聞いてあげるといいですね。

 

また、余計な口出しやコメントは子供が自分で気づいて修正していったり、発展させていく機会をも失います。そう、子供の学力をも低下させるのです。

 

初めての意味づけ

あと数日で2歳4か月になる長女ですが、

昨日初めて絵に意味づけをしました。

 

上です。

 

牛乳 だそうです。笑

 

初めに小さい丸(いびつな)を描いて

牛乳と言い、こぼれてるーと言いながら

塗りつぶしていきました。

 

これからどんどん絵のお話が聞けそうなので

楽しみです。

2歳9ヶ月の絵 J君

自分の足で歩く

上手でなくても

遅くても

 

しっかり自分の足で歩く

納得しながら着実に進む

 

ということが大切です。

 

 

周りから見るともどかしくなるときもあるでしょう。

しかしながら、結局のところ自分の人生は自分で

歩くしかないのです。

 

ですから、周りの大人がせかして表面的に

出来ることを求めたり、それを褒めたり、

うわべだけの評価をしないようにしたいものです。

子供を大人の自己満足の犠牲にしてはいけません。